Snow Queen 6

 

 豊は、一週間ほどで安静を解かれた。

験力でキズの応急処置を行いながら運び込んだ事が結果としてよかったらしい。

多少転生として覚醒している彼自身の力もあって、怪我はほとんど治りかけているとの事だった。

呉から報告を受けた時、不覚にも安堵する自身に驚いてしまった。

僕は、何を一体そんなに気にしているというのか。

分からないことだらけのまま、薙は豊の部屋の扉をノックする。

彼の状態と、その後の経過を知るために。

 

「もう、大分よくって」

以前とうって変わって、態度の柔らかな彼に動揺する。

やがてそれが自分に妙な気を遣わせまいと振舞っている事に気付き、薙は困惑していた。

「おかしな気遣いは、やめろ」

急に言われて豊はきょとんとしている。

「君の怪我は僕のミスだ、責められるべきは僕であり、君じゃない」

なぜだか無性にイライラしながら、薙は口早に申し立てた。

あの時といい、今といい、一体こいつは何だ、何を考えている。

かつて知りたいと思ったが、知れば知るほど秋津豊が分からなくなるようだった。

彼は、自分には無い色々な何かを持っている。

そのこと自体に対して興味もないけれど、それらの何かは無償に薙の心をかき乱した。

心、と位置づけるものが、自分の中にまだ残っていればの話だが。

豊は少し間を置いて、困惑気に眉を寄せる。

「責められなきゃいけない人なんていないよ、俺も軽率だった、あいこだ」

確かにそうであるけれど、それは違う気がする。

やはり、責められるべきは僕であり、君では無い。

納得いかない様子の薙をじっと見詰めて、豊はかけるべき言葉を捜しているようだった。

絡まった思考を振り払うように、薙はおもむろに腕を伸ばす。

シャツの襟元に触れようとして、豊がビクリと震えた。

「な、何?」

「傷の経過を見せろ」

そうして有無を言わせずにボタンを外していく。

硬直している豊からシャツと下着を剥ぎ取り、上半身を露にさせる。

肩口から、背中の中ほど、脊椎に向かって、見るも無残な傷跡があった。

肉が大分盛り上がり、治癒しかけているようだったが、薙は僅かに顔をしかめる。

(これは・・・)

多分、跡が残るだろう。

醜く引き攣れた皮膚にそっと指を這わせると、豊がまたビクリと震えた。

「ひ、飛河」

呼吸が大分上がっている。

動悸も早い。全身にじっとりと冷や汗が浮かんでいて、彼が警戒している事は明らかだった。

薙はフッと笑った。

「僕が怖いか」

「そ、そんなこと」

慌てて答える声も聞かず、肩の傷口に唇を押し当てる。

豊がはっと息を呑んだようだった。

「ちょ、い、嫌だ」

振り払おうとする腕を逆に背後から捕まえて、両腕ごと腕の中に捕まえた。

もがく豊の傷に何度もキスを落として、舌先で癒えかけている部分をなぞる。

「やめろよ、やめてくれっ」

体を振った瞬間、傷が擦れたのか、豊は小さく呻き声を上げて動きを止めた。

少し体を離して窺ってみると、傷口から滲み出した血が薙の制服に赤いしみを作っている。

唐突に、綺麗だと思った。

その根拠が知れなくて、薙は僅かに混乱した。

「無理に動くからだ」

裏腹な冷たい言葉を豊の耳元で囁く。

「おとなしくしていろ、傷が開くぞ」

豊は小さく呻いて、諦めたように抵抗をやめた。

その体を押して、ベッドにうつ伏せに上半身だけ沈める。

薙は改めて背中の傷をよく眺めた。

ひどい深手だ。醜く赤くはれ上がって、さっき出血した部分からまだ血が流れ出している。

そこに口を近づけて、鉄さびた味を舌先に乗せた。

豊は緊張して全身石のようだった。

傷に舌を這わせて、中の肉に差し込むようにすると小さな悲鳴が聞こえた。

「痛いか」

口の中に、豊の血の味がする。

それは今までに味わった何よりも官能的な味だった。

体をわずかに抱き起こすと、彼は泣いているようだった。

赤くなった目元をじっと見詰めて、血のついた唇で口づける。

「ん・・・ふ・・・」

舌先を絡ませて、その奥を吸い上げるように、深く、えぐるようなキスを。

豊の手が薙の制服をつかんで強く握り締める。

薙は頭を引き寄せて、唇に乗せた味を豊自身に何度も伝えた。

ようやく開放されると、豊は少しむせこんで、悲しそうな目でこちらを見詰めた。

そうされていると胸の奥がどこか、凍り付いて、ひどくざわつくような、痛むような気がする。

性的な衝動が内側から突き上げてくる。

今度は首筋に吸い付いて、豊を再びベッドに押し付けながら薙はその上にのしかかった。

「やっ、やめて、やめてくれ!」

哀願する声を無視して、制服が汚れるのも気にせず下肢の前方に腕を回す。

そのままボタンを外し、チャックを引き降ろして、下着ごと膝辺りまでズボンを引き摺り下ろした。

豊は小さく震えていた。

「秋津」

うなじを噛むように口を押し当てながら、彼の局部に触れる。

掌に収めて、多少性急に抜き始めると豊が再び悲鳴をあげた。

「やめて・・・やめ、いやだ、飛河っ・・・」

うわごとのように繰り返す豊の声に翻弄されて、薙は夢中で所構わずキスを落とす。

その間も絶え間なく与えられる快楽に、彼の声はやがて艶やかな喘ぎ声に変わっていた。

「あっ・・・う、ううん、う、う・・・」

荒い呼吸を絡ませて、背中に乗りかかった薙は横から豊の顔を窺った。

涙の筋がいくつも走った頬が上気して赤く染まっている。

閉じた瞳の長いまつげにも、雫が濡れて光っていた。

腹の奥のほうをぎゅっと握られるような感覚だった。

たまらない、もっと、もっとこの顔を見てみたい。

滲み出していた先走りの露を指先で塗り広げながら、与える分だけ豊は反応してくれる。

それがもっと欲しくて、薙の指先はさらに豊を求める。

これが何なのか、なんと呼べばいいのか、自分でも知りえない激しい感情。

彼を抱くたび沸き起こってくる、自分の中には無いはずの衝動。

鉄さびた分厚い扉の奥で、何かが燃え盛っているような感覚だった。

それを教えてくれるのは、多分豊しかいない。

薙は知りたかった。

彼の内側にあるはずの鍵をまさぐるように、手の動きを早めていった。

「あ、あ、あ、あっ・・・・・ああっ・・・く、ううっ」

びくり、と全身が震えて、達した豊の内側から熱いものがほとばしる。

掌で受け止めて、薙は息を荒げながら起き上がった。

以前も見たことのあるそれを、ぺろりと舐めて豊を窺う。

傷がいくらか開いたようで、背中が血で濡れていた。

薙の制服の胸から腹にかけても赤い染みが擦れて付着している。

豊はベッドに倒れたまま、両肩と背中だけが激しく上下している。

両手でシーツを握り締めて、弛緩した体を必死に支えているようだった。

汗ばんだ表皮にそっと触れながら、薙はぽつりと感情のない声を洩らしていた。

「手当てを、しないといけないな」

そうして立ち上がって、部屋に常備されているはずの救急箱を探している間も豊は動こうとしなかった。

取り出した脱脂綿に消毒薬を含ませて、血を濡らしたガーゼで拭い取ってから簡単に消毒をする。傷口を保護するネットの上にガーゼを重ねて、包帯で胴全体を巻いて簡単な処置を施すと、豊はもそもそと下着とズボンを履きなおしていた。

疲れた息を吐きながら、彼はベッドサイドに腰を下ろす。

救急箱を置いて戻ってくると、そのままの姿でぼんやりと宙を見ていた。

両手足を投げ出して、まるで、人形のようなたたずまいで。

薙は豊を見詰める。

泣きはらして、疲れた表情の彼は何かが抜け出てしまったような印象を受けた。

「飛河さ」

不意に、ぽつりと唇が動いた。

「なんで、こんなことするんだ」

抑揚なく、独り言のように呟く。

「なんで?」

ちらりとこちらを見られて、薙は当惑した。

思わず視線を反らすと、豊は糸が切れた人形のようにかくんと顔を俯けた。

「よく、わからないよ」

掠れた、消えそうな声だった。

「飛河がよく分からない、他のみんなより、全然、分からないよ」

・・・それは僕も同じだ、君が分からない。

知りたいと思う以上に、分からないことが多すぎて戸惑う。

こんなに近くにいるのに、どこか距離があるような、それでいて体は彼の熱を知っている。

だからますます混乱する。

「俺、もう大丈夫だから」

振り返ると、豊は俯いたままだった。

「だから、帰って」

胸の奥にズキンと鈍い衝動が走った。

僅かの間の後に、薙はくるりと踵を返した。

「邪魔したな」

それだけいってドアノブに手をかけて、外に出ようとして、ちらりと豊を見る。

その鳶色の瞳は、こちらを見ていた。

怯えたような視線の奥に、なんともいえない色を映して。

薙は急にせかされたような気分になって足早に部屋を出ると、後ろ手に扉を閉めて小さく嘆息していた。

あの眼。

そこには、僕が見つけ出そうとした鍵が隠れていた気がする。

けれど、多分。

(僕には分からない)

どこかがまた少し痛むようだった。

何の結論も出ないまま、薙はフラフラと歩き出していた。

無機質な灯に彩られた廊下の行き先は、全ての扉が閉ざされているように思えた。